ミスは、設計で潰す
先日、実家の車を1台売りました。
父の免許返納で、車が不要になったためです。
実家にはもともと2台の車があり、いまは1台が残っています。
ここで起きているのは「車が減った」だけではなく、
暮らしの運用が変わったという事実です。
ついでに、置き場に集まっていたタイヤも整理しました。
不要だと思っていた3種類のタイヤを買い取り業者さんへ。
――この時点では、片付けは成功したように見えました。
ところが、残った車の車検でミスが発覚します。
残っている車は冬用タイヤを履いている。
つまりノーマルタイヤが必要。
そのノーマルタイヤを、不要品として譲ってしまっていました。
結果、ノーマルタイヤを新調することに
「整理」だと思った行為が、「再購入」になった。
このミスの正体は、確認不足ではありません
もっとシビアな話です。
置き場が、判断を狂わせた。
不要なタイヤと必要なタイヤが同じ場所に置いてあった。
混在している状態で「これは要らない」と判断した時点で、もう負けです。
人は混在を正確に扱えない、しかも似たものは、脳が勝手に同類に分類します。
タイヤの見た目は似ている。
だからミスは“起きた”のではなく、起きる条件が揃っていた。
ここでやるべきは反省ではなく、設計変更です。
分ける:残すもの/手放すものを同一場所に置かない(床を分ける)
名付ける:用途と車名をラベル化する(人が読める情報にする)
通過点を作る:譲渡の前に「車ごとの必須物チェック」を必ず通す(判断ゲート)
これは、そのまま建築の世界の話です。
収納が混在すると、暮らしは荒れます。
現場の資材や情報が混在すると、施工は荒れます。
だから設計は、美しさを描くだけじゃない。
ミスを起こさせない配置を作る技術です。
あたりまえのことのように見えますが
「気をつけましょう」では守れない領域があります。
転倒も、温度差も、地震も、“注意”では防げない、だから設計で潰す
同じように、暮らしの小さなミスも、配置と仕組みで潰せます。
今回の買い直しは痛い。けれど、原因が見えたのは大きい
暮らしを整えるとは、見た目を整えることではありません
迷わない状態を作ること。
そして、その迷いを減らすのが、設計の役割だと思っています。