マロングラッセ
先日、数年ぶりに関東に住む友人と会いました
その時に、お土産としていただいたマロングラッセが、とても印象的でした
しっかりとした歯触りと、崩れない形
甘さは強いのに、どこか輪郭がはっきりしている
パッケージには「イタリア産の栗」とあります
そのとき、単純な疑問が浮かびました
栗であれば、日本にもあるはずです
なぜ、わざわざイタリアの栗なのか
調べてみると、その理由は明確でした
和栗は、鬼皮や渋皮との実離れが悪く、加工に手間がかかる
さらに煮崩れしやすく、形を保つことが難しい
つまり、マロングラッセという“用途”に対して、素材として適していないのです
ここで一つ、はっきりすることがあります
素材には適性があるという、ごく当たり前の事実です
ただ同時に、こうも思います
では、その「適していない」という評価は、どこまで絶対なのか
条件を変えればどうなるのか
手間をかければ成立するのか
あるいは、別の価値として成立させることはできないのか
素人の発想は、ときに非効率です
しかし、その非効率の中にしか見えない可能性もあります
これは、建築にもよく似ています
一般的に「難しい」とされる敷地条件や素材
セオリーから外れた選択
それらは排除されがちですが、
丁寧に向き合い、試行錯誤を重ねることで、
むしろ固有の魅力へと転じることがあります
重要なのは、知識そのものではなく、
自分の手で確かめた経験があるかどうかです
和栗でマロングラッセを作る
おそらく簡単ではありません
それでも一度やってみる価値はある
失敗も含めて、その過程にしか見えないものがあるからです
設計もまた、同じです
机上の理解だけでは辿り着けない答えが、確かに存在しています