かばんストリート
豊岡と言えば、カバンのまちってご存知でしたか?
国産カバンの6~7割が豊岡で作られているそうです。
凄い!
当然、そんなカバンストリートもぶらぶらしています。
数年前にもこのカバンストリートを紹介したはずです。

このカバンストリートは駅からも少し離れていて殆ど人通りもない状態でしたが何か盛り上げてやろう的、各店のサインやディスプレイなのです。

中でも異彩を放っているのが、カバンストリートと駅前通りが交わる角に建つ
こちらのお店、「アートフィアー」と言う名前だそうで、一見堅牢な要塞のようにも見えて、どこから入ったらいいのかさえ分かりませんが、作っているカバンがかなりオリジナルでありながらクォリティーやデザイン性が高い物が多いそうです。値段もそれなりの物のようですが・・・。
極めつけは、これ
街中を走るバスまでがカバンのようなデザインとなっていて市全体で盛り上げようとする取り組みが伝わって、楽しい街歩きが出来ました。
ふれあい朝市
所要で、豊岡へ
初めて訪れた訳ではありませんが、日常の生活圏から離れた地へ行くとつい、うろうろと何か発見を求めたくなるのは性なのでしょう。
と言う訳で、所要が済んだ後で、しばし街歩き。
JR豊岡駅前から真っ直ぐに伸びるメインストリートは歩道部分にのみアーケードが付き何故か冒険心くすぐられるのです。
しかし、ここも郊外型の大型店の出展により街の中心は国道沿いに移行しつつあるのでしょう。シャッターが下りている確率も高いように感じますが、しかしまだまだ熱気は感じました。
お店の人と直に会話をしながらお買物をされるお年寄りの姿もちらほらと見られ、何故かほっとするのでした。
そんなメインストリートと一つ脇にそれると細い路地に展開される、昔懐かしい世界。



残念ながら平日の昼の時間にお買物されている人の姿はまばらでしたが
ここを通っていると心が揺すぶられるようなワクワク感を感じます。

こんな路地も好きなんですよね~。
何で、こんな細い道が、ず~っと繋がってんねん?
おばあちゃんが歩いている所を見ると今も生活道路として使われているようです。


そして、その狭~いアーケードを抜けると、ふれあい朝市と言う、農家の方が直接野菜などを持ってきて売る、いわゆる直売場があります。
残念ながら訪れた時間が悪かったみたいです。殆ど終わりかけで店じまいしかけでした。
観光案内の看板にはかなり賑わいのある市と言う事を書かれていましたが、又そのようなシーンに出くわしたいものです。
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追記
前々回のエントリーの「売電中~」で政権交代後、買取電力が倍になったと記述しましたが、永久に倍の買取額となるわけではない事と、行政により補助金を受けられる場合があります。そう言った制度も上手く活用すれば10年程度でペイ出来るかもしれませんと言う事を付け加えておかなければいけませんでした。
赤壁
週末、1年点検で姫路の的形へ
工事期間中、近くにある海水浴場の辺りまでは行った事がありましたので「海」のイメージは持っていたのですが、まさか
「赤壁」がこんな所にあるとは思ってもいませんでした。
少し、早目の到着となりそうでしたのでゆっくりと道を走っていたら目に留まった標識に誘われ、来てしまいました。

三国志で有名なあの赤壁に似ている事からここを「小赤壁」と名付けたのだそうで、ちらほらと観光?かお散歩か?はたまた私と同じように標識に誘われて着たのかは不明ですが、数名の方々がここで時間を過されていました。
多分、海から見ないとその風景が赤壁に似ているのかどうかは分りそうにはありませんが・・・。
この絶壁の下には遊歩道があるそうで、干潮時には珍しい物が見れると看板にはありましたが、そこまでの時間的余裕はありませんでしたので、今回はここから


若干、興覚めするのが、左右をみると直ぐ近くに、このような工業地帯の煙突が建ち並ぶ事ですが、如何せん瀬戸内海側の風景です。
目をつぶっておきましょう。
又、時間のある時に下の遊歩道に、少し未練を残しての赤壁体験でした。
ビーンズドーム
所要で三木市へ
次の予定まで暫し時間もあったため、建物見学に出掛けた。
「ブルボン・ビーンズドーム」
巨大な屋内テニスコートです

写っている軽自動車との大きさを比較するとその大きさがお分かりいただけるかと思います。

屋根と言うべきか壁と言うべきかの部分は緑化され上手く根付いています。ほぼ雑草のようにも見受けられました。

エントランスもドーム状の部分を潜り抜け

外部が、そのまま内部に貫入されたような内部側です。

センターコートはグランドレベルからさらに掘り下げられたレベルにあります。


センターコートに備え付けられた観客用のベンチ。
実は木製だったのです。そしてそのテスリも木製
テスリを支える支柱は実に遊び心のある、鉄の棒にチェーンを溶接したもので、遠目にはチェーンがテスリにぶら下がっているようにも見えます。
さて、このお隣のEディフェンスでは、つい先日長期優良住宅仕様の木造住宅と一般仕様の住宅の加振実験が行われたようです。
結果は、何と長期優良住宅棟が思わぬ壊れ方をしたそうで、詳細は不明ですが又専門家による解析によって原因も追究される事と思います。
現在の建築基準法の考え方では、木造住宅の場合、地震に必死に耐えさせると言うのが主流。柱の足元や接合部を金物などを使ってがんじがらめにするという考え方です。
しかし、今回の実験では、その考えが裏目に出たのでは?とも考えられるような結果だったそうな
これによって、法的な木造住宅の方向性が変わるのでしょうか?
出石の街並み
出石の街を散策。
ここを訪れたのは3度目だと思います。初めて訪れたのは、未だ独立前大阪に居た頃。丹波に帰郷した際に宮脇建築他を訪ねて。
そして2度目は「香住の家」の引渡しを終えた、その足で一直線に。

城跡から街を一望。

そして、こちらは御馴染み辰鼓楼。
それにしても、篠山と言い、出石と言い城下町は観光客が凄い。
売りになるもの(城跡)と食べ物(黒豆やそば)と言うキーワードが共通項としてあり、そして古い街並みが上手く残されそれを守ろうと言う気運が、人を寄せ付ける魅力なのでしょうね。



上3枚は酒蔵。今にも朽ち果てそうな感じですが、初めてここを訪れた時、否もっとそれ以前からでしょう。ずーと同じ風情でここに建ち続けている所をみるときっと、何らかの保存の手を打ってあるんでしょうね。

これはどの通りかは、はっきりとはしませんが街を東西に結ぶ通りです。

平成20年に蘇った近畿最古の芝居小屋永楽館へと続く道
9月末からの公演、狂言役者の名前が入ったカラフルな幟?がお出迎えしてくれます。

廻り舞台
の12時の位置にはセリと言う床が上下する装置があります。
緞帳が下りればここは舞台裏、楽屋前の通路となります。

懐かしい感じがする看板がずらり。

わずか3畳ほどの楽屋

桟敷席から見る舞台、席を区切るテスリのような板はお茶子さんがお茶を配ったり、席を案内するために歩いたのだそうです。
舞台の上では観光客のおじ様たちがふざけあって、片足を上げてトントン飛んだ歌舞伎の真似事や「成田屋」、「中村屋」などとめいめいに楽しんでおられました。
未だ歌舞伎などと言う古典芸能は目にした事はありませんが確かに、ここに響き渡る音の迫力たるや、相当な物なんでしょうね。
「よっ、芦田屋~!」
とは誰も言ってくれそうも無いので自分で落ちをつけて、この辺で・・・。
最北端
ついに最北端の地に立ちました。

と言いましても、近畿の最北端です。
ここは、近畿の最北端の地、京都府の経ケ岬(きょうがみさき)です。
写真は舞鶴海上保安庁の管理する灯台で、明治31年(1898年)に明治政府が富国強兵に伴う海運助成政策の一環で設置された物のようで
「丹後町の家」の現場からは車で30分ほどの所です。

以前より気になっていたのですが、忙しい時ではありますが、真冬に突入する前に、一度見ておきたいと好天に恵まれた先日、現場打ち合わせの帰り道にちょっと寄り道をと、足を運んだ次第ですが、ここへ向かう途中の工程も見所満載、またゆっくりと時間のある時に訪れてみたいものです。
この灯台に到着するまでには駐車場に車を留めて、かなりの山道を歩く事10~20分程度かかりますので動きやすい服装や靴がお勧めですね。

崖の上の・・・
お盆休み中と言う事で少しやわらかめのタイトル
話題作にあやかってみました。
新規案件、神戸市北区の市街化調整区域での建築計画のため市での事前の打合せを重ねております。
う~ん、もう一息。
その後、国道2号で姫路へ移動。
お盆期間中とあって一部区間は渋滞。そんな止まったり走ったりの車中から「崖の上のぽにょ」ならぬ「崖の上のいえ」を1枚

遠藤秀平氏設計の住まいですね。急傾斜地の僅かに残された平坦な場所にへばりつくように建てられた住まいは、ど根性を感じますね。
さて姫路での仕事も追え帰路、北の空にはムクムクと厚い雲が集まり始めていました。

夏の雲だな~などと感心しながらのお盆休み前の1日でした。
気になる街角(丹後編)
久々に気になる街角シリーズ
「丹後の家」の現場からの帰り道に見つけた石碑屋さんの店先
です。
ずらっと並べられたキャラクター、随分とバラエティーに富んでいますね。
愉快な石碑ですが、こんな石碑はどこへ行けばお目にかかれるのでしょうか?
信号待ちのちょっとした時間で撮ったのでズームするのさえ忘れていました。
竹泉
久々に「気になる街角」ネタ。
計画進行中物件の現場調査後に、以前から気になていた街並みを散策。
直ぐそばには日本酒「竹泉」の製造元があり、その前をブラブラと


製造元の多治米合名会社の詳しい事は上記リンクからご覧下さい。
どこの街も同じかもしれませんが、町中のあちこちに「怪しい人に注意!」と言った類の看板があちこちに掲げられていて少々肩身の狭い思いをしながら、早足の散策となりましたので、詳しい街の成り立ちまでは伺い知れませんでしたが、虫籠窓や縦格子の雰囲気のある建物があちこちに残った小さな通りはなかなかのもの。
ただ、そこは観光化されたものではありませんので人々の生活が主、容易く外来者を受け入れると言ったものではありませんので、よそ者には少し遠慮が必要です。

出石ブラブラ(続編)
城跡を後にして、町村合併によって現在は豊岡市役所出石支所となった建物へと、こちらも故 宮脇 檀 氏の設計による物で今を盛りに咲く、百日紅の花と相まった外壁の落ち着いた赤茶色は、この街の民家の外壁にも多く見られる色で、白い漆喰塗り壁を見慣れた私にとっては新鮮に映る。
出石カラーとでも例えてもいいかも知れないのですが適度に抑えられた色合いはとても個性的で美しい街並みに付与しています。

そして、街のシンボルとも言える辰鼓楼を裏側からと正面から


目的地は、酒蔵。
前回訪問時も訪れ、その朽ち果てた感じに感銘を受け、もう一度とばかりに訪れましたが、その表情はあまりと言うか殆ど変わらない。何か策を打ってあるのでしょう。
ここまで来ると観光客は殆ど居ません。

変わりに目に付くのが、竹細工、柳ごうりの看板。
以前からあったのでしょうか?
本家は豊岡市内のはずでは?と思いながら
今度は筋を違えた通りをブラブラ。
ここには観光と人々の生活が混在しています。
道端で車を洗う人、通りを行き交う観光客
こう言った場では、観光客も少し気を遣う事も必要なのでしょうね。
それにしてもこの地の方々は寛大と言うか、慣れていると言うか、
大通りから一歩入った一般の民家の玄関先は戸がどうどうと開け放たれたお宅が多かったのも驚きでした。

最後は、「うだつ」の上がる住まいで締め!
出石ブラブラ
予定していた、現地立会いも予想よりも早く終わり、帰路寄り道して出石へ向かう事にした。
この地を訪れるのは5~6年ぶりとなる。
到着した時間帯には観光客も、まばらでゆったりとブラブラする事が出来た。
と言っても出石は本当に小さな街である。1時間も歩けば城下に広がる街を1周する事はできるのではないだろうか。

上写真、伊藤清永美術館前の駐車場に車を停め、どこから見て回ろうかと思案する。まずは、故 宮脇檀氏 設計の目の前の建物をと思ったがまだ準備中。
残念、と言う事で外から屋根を見上げると、軒先の雪留めのデティールが面白かったので1枚

丸いパイプをフラットバーに溶接する、至って単純な物です。
さて、どこへ行くかと、みやげ物屋が数店入った「びっ蔵(下写真)」を横目に前回未訪問の出石城跡へと登る。

現在、城跡は稲荷神社となっていて、跡地には神社が建っている。


そして、境内からはしっとりとした出石の街並みを見下ろす事が出来る。
鳥居には地元商工会の方たちが汗を流しながら、風鈴を吊るす作業を進めておられ、丁度今日から城下祭りだそうで、各所で面白い催しが開かれるらしい。夜も観光客を誘致しようと言う事だ。
明日に続く


