外観登場
「街並みの家」浄化槽埋設の為に一部足場を撤去したため、 一時的に外観が登場しました。
お住まいのタイトルの由来は又後日、説明させていただきますが
田舎とは言え、旧街道筋沿いの街中の建て込んだ条件で
法律の範囲内で、ほぼ敷地に目一杯建つため
浄化槽を埋設出来る余地も、放流先との関係で
建物の目の前の、ここにしかありません。
ここは普段、住まい手さんの駐車スペースとなります。
そして、掘削された穴を覗き込むと、この地域の地層が
見えました。
赤い土の直ぐ下には粘土層があり、その下には
川砂のような層が見えます。
一番底に見える大きな礫は、浄化槽を埋設するための
補強として入れた物です。
考古学や地理学は全く無知ですが、
普段覗けない地層にも興味が湧きます。
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メルマガを発行しています。
昨年1月より開始し、早1年が過ぎました。
現在59号を数え、現在「木の家にすまう」と言う
タイトルで特集を掲載しています。
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一室一灯か多灯分散か
出来上がってからでは確認の出来ない 部分の確認のために足場を上り
屋根廻りなどをチェック
板金屋さんの素晴らしい仕事を
拝見させていただきました。
角がピシッと出ていてとても
綺麗な仕事をして頂いています。
室内の照明計画で随分と悩まれている
住まい手さんですが、照明器具1灯で
室内全体を煌々と照らす方式を
一室一灯方式と呼びます。
日本の住まいづくりでは、
未だこの方式が多いのかもしれません。
しかし、この照明計画では必要のない所まで
余分なエネルギーを使って煌々と照らしてしまうため
省エネの観点からも、懐にも無駄が多いのです。
又就寝直前まで、煌々と照らされた照明を
浴びていると、脳内からセロトニンと呼ぶ
興奮ホルモンが分泌されて速やかに
睡眠に移行出来ないと言う情報もあります。
ですので私共の照明計画では多灯分散照明と
呼ぶ必要な所に必要な明るさの照明器具を
分散配置するようにしています。
使用する照明器具の種類も
バリエーションが増えますが、いずれも
器具自体の価格もそんなに高い物はありません。
「住まい手の声」
先週末は「住まい手の声」の取材に 週の初めに1年点検を先に済ませ
ご家族が御揃いになる週末に再度
訪問させていただきました。
この取材は毎回、インタビューと写真撮影を
外部委託させていただいています。
芦田がインタビューするよりも、
住まいづくりには全く関知していなかった
第三者に対して語って頂く方が、より本音で
語って頂けるのではないか?と言うのが
外部委託させて頂く狙いですが
かと言って全く姿を現さないことも出来ないので
芦田はついては行くけどもインタビュー中は可能な限り、
深く関わらないと言うスタンスで毎回、臨んでいます。
過去には特別バージョンで、芦田がインタビューに加わった
こともありましたが・・・。
と言う訳で、撮影にも色々プランを描いておられるようです。
屋根付ガレージの特徴を写すカメラメンと右端に
だいぶ逃げているつもりでしたが、写ってない?
内部撮影もカメラマンとディレクターの事前打合せが
行われています。
壁にはさりげなく三谷龍二さんの掛け時計が掛かっていて
木の住まいとの相性ばっちりです。
記事と写真の出来上がりが楽しみですね。
ウールのような
久々の更新となりました。 その間、「街並みの家」の工事も進行しています。
壁の断熱施工も始まっています。
構造材の太さと同じ厚みの断熱材も出ているので
そのような商品を選択しておけば心配はありませんが
これまでは構造材よりも厚みの薄い断熱材が
多かったため、壁の断熱材は外に押し出さないで
下さいねと職人さんには事前にお伝えしなければ
いけないことが多かったのですが、最近では
職人さんの方がよくご存知のケースが多いです。
繊維状の断熱材を使用する場合は、
ここは監理の重要なポイントの一つとなります。
きっちり施工しているつもりでも隙間は注意しておかないと
電気配線などの場合に乱されてしまいます。
大工さんだけでなくて電気屋さんにも注意して欲しい
ポイントとして伝えておかないといけませんね。
そんなこんなで気密層の施工も始まっています。
コンセントの後ろには気密カバーと呼ぶ
豆腐の入れ物のような薄いカバーを仕込みます。
気密カバーの無い場合、コンセントやスイッチ部分からの
冷気を感じる事もあります。
この仕様で得られる結果の平均値もおおよそ判明して
いますが、建物のボリュームも関係するため一概では
ありませんが、おおよそこの坪数なら違いない結果が
出ると思います。
23年
もう既に多くの方やマスコミで取り上げられている数字ですね。 阪神大震災から23年。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致します。
思えば、この震災をきっかけに私の意識は
木造に向くようになりました。
当時勤めていた事務所でコンクリートや鉄骨造の建物ばかりを
担当していました。
シックハウスと言う言葉も世間では、未だそんなに知られておらず
私の関心は、マンションの竣工検査で被ってしまった
部屋に入った途端に涙、鼻水が止まらなくなる現象の
原因が何だったのか?を知ることでした。
(私はガス室と揶揄していたのですが、
当時の無基準のマンションの内装は、それは酷いものでした。)
そこへ、阪神大震災が発生。
有識者の調査が進むにつれ木造家屋の
倒壊原因も報告されるようになりました。
バブルの頃の建売住宅は、何でも有りの違反建築も多く
被害も大きかったのではないでしょうか?
耐震基準にシックハウス対策、
今では当たり前のことが
当時は当たり前では無かったのです。
当時は豊中で震度5を経験しましたが
幸い震災の1年前にコンクリート造壁式構造
と呼ばれる地震には強いとされるマンションに
引越ししていたので助かったのかもしれません。
この震災から数年後に独立したと思っていたら
数字が合いませんね。
5年経過した頃に前事務所を辞めた計算になります。
まあ、そんな数字はどうでもいいのです。
耐震基準を満たしているから絶対に壊れない
のでは無く、壊れたとしても人命を確保出来る
空間を保てるようにしなさい、
と言うのが建築基準法の内容です。
二度と起こって欲しくはありませんが
安全への備えは忘れずにしておきたいと思います。
皆様も備えを怠らず、御確認下さいね。
今年も1年、有難うございました。
早、年末となりました。 今年も残り僅かになりましたね。
今年も1年、有難うございました。
UP出来ていませんでしたが、
今月20日に「街並みの家」が上棟しました。
今現在は壁塞ぎ作業中です。
ここ数週間、北近畿の天気は全然優れず
おまけに今年は寒い、外での作業も大変そうです。
写真は、その時のものです。
めでたい時にだけ登場する地下足袋を履いて
作業はしませんが、足場から見守ります。
勿論、しっかりヘルメットを被って!
さて、今年を振り返ってみると
前年から引き続きの現場が残っておりましたので
そちらからのスタートでした。
その間、新規の設計はのんびりと動き出していました。
そして5月の連休には高校卒業後30年記念の
同窓会があり、在学当時の学年全体の
半数以上の出席があり、事務局として
深く関わっていたこともあり感動も一入でした。
同窓会屋なる業者も居ると聞きますが、
そんなものに任せても出席率は1~2割程度
だそうです。皆でつくりあげることの重要さを
感じましたね。
中盤では模型作りワークショップを
開催させていただきました。
平日にも関わらず、多くの方々に出席頂けたことに
希望を感じました。
物づくりの楽しさをお感じ頂ける場として
又来年も計画したいと思います。
後半になって、現場が動き出すと共に
新たな動きが次々と立ち上りました。
2週に渡り、富山、高千穂へと出張となった
ことは、その代表的な動きでした。
来年は更に良い年になるように頑張ります。
そしてようやく、年賀状も描き終えましたので
年内の業務も今日まで、新年は1月5日より
平常業務再開の予定です。
皆様も良いお年をお迎えくださいませ。
最後に、メルマガやってます。
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熊本城へ
何とか雪から逃れ下りてきた場所は 阿蘇の風景が一望できる、道の駅でした。
前回も感じていたのですが、
圧倒的に山が大きい(丹波に比べてですが)
昼休憩を終えて、ナビの行先を熊本城に設定
所が、先の地震の影響でナビ通りには進めず
大きく迂回させられることを知る由もありませんでした。
折角、峠道を下りたのに又阿蘇の山に向かって
登っていくではありませんか。
途中で大きく後悔したのは言うまでもありません。
一旦、熊本空港まで行ってから熊本城に設定すべきでした。
そんなこんなで、途中の道では気になる名前の設計事務所?
カナディアンハウスのモデル住宅だったと思いますが・・・。
かなり時間が掛かりましたが何とか熊本城に到着。
広い城内に歩を進めるたびに、テレビで見ていた光景が
未だ、そのままの状態でした。
実は、文化財って登録されてしまうと大変なんですよね。
只修理すれば良いのではなく、
元の状態に戻さないといけないんです。
従って、崩れた石垣も全て元の場所に戻さないと
いけない。お金のこともあるとは思いますが、
元の場所に戻すことが何よりも大変です。
城内を回っていると、崩れた石に書かれた番号は
その石が積んであった場所の番号なんだと思います。
地震前の写真や形などからしか判断出来ないと思いますが
雲をつかむような思いの作業だと思います。
一か所、修復したんだろうなあと思える箇所が
ありましたが、地震から数年経っても未だあれだけ
残っているのですから、完成はいつの日のことでしょう?
熊本城天守閣を眺めることが出来る加藤神社の白い鳥居は、
高千穂で見てきた黒い鳥居やその他の神社で
見かける朱色の鳥居と違って清らかな感じを受けました。
そんなこんなで、あっという間に時間も過ぎ
帰路に着くために熊本空港へと戻っていくのでした。
今回、2週に渡り、富山、金沢、高千穂、熊本と
地方の豊かな街の空気に触れることが出来、沢山の自然と
建築にも出会えたことは今後の活力になると思います。
又、次回訪問した時には季節も変わっていることと思います。
それぞれのシーズンでどんな街の顔が伺えるのか
楽しみにして、それぞれの街で良い仕事が出来るように
頑張って参ります。
高千穂峡へ
高千穂へ来たなら、ここは外せない 名勝、高千穂峡。
写真では見ていましたが、実際に行ってみると
滝の下に浮かぶボートの有名なシーンこそ同じですが
全体的には又違ったイメージでした。
深い渓谷を想像していましたが、高千穂の土地自体が
相当、山の中に位置していますので渓谷への
アプローチは整備された遊歩道に沿って歩くだけです。
Youtubeを見るとドローン撮影された映像が
多く見受けられています。
山肌の裂け目に現れた岩肌が雨水の浸食によって
削り取られたように見えますね。
上から見ていると滝の下にボートが突入することは 無いのか?
と思っていたのですが、どうやら直ぐ傍に見張りのボートが 居たようにも思えました。
実は前日の天気予報では雪の予報も出ており
レンタカーはノーマルタイヤでした。
時折鳴る、ゴロゴロと言う音が気になったのですが あれは何?
日本海側に行くと雪起しの雷が鳴るのを 聞いたことがあります。
もしかしたら、と思いましたが山の中で雪が降る場合は 丹波でも経験していますので、まさかなあとは思いながら
次を急ぐのでした。
次の行先は天岩戸神社です。
天岩戸神社では真っ先に天安河原宮を訪れました。
天安河原宮は天照皇大神が天岩戸へ籠ってしまった際に
如何にして、外に出て貰うかの会議をした場所と
言われているそうで、大きな岩が川の流れによって
浸食されたであろう洞窟のような場所でした。
小さな鳥居の周りには、人手によって積まれた
無数の小さな石が、かわいらしくもありました。
こんなこと、誰が始めたのでしょうね?
そして、知らなかったのですが、高千穂には世界農業遺産に
登録されている場所がありました。
雄大な棚田の風景を見ると、それも納得でした。
近畿にも棚田で有名なスポットは幾つかありますが
それらとは、規模が全く違っていて、
ずっと眺めていたくなるような美しい風景でした。
そんな間にも先ほどから気になる、ゴロゴロ音。
駄目だ、早めに高千穂を出ようと決心し
いざ熊本へ向けて峠を下りることにしました。
峠道の途中からはとうとう、雪がちらつき始めました。
峠を下りるまで何とか持ち堪えろよ、と言い聞かせ
安全運転は忘れずに、何とか峠もおり昼の休憩を
とり、次の目的地へと向かうのでした。






























