Jパネル
木の家と言うことで全ての素材が無垢の材料で
できれば文句なしですが、しかし中々そうはい
かないのが現実です。
例えば無垢材は反る、割れると言った欠点を持
ち合わせています。或いは幅の広い少し面積の
大きな材料を無垢板で調達しようとすると相当
高価な物になることは想像できます。
一カ所だけなら未だしも、そう言った個所が複
数必要になると値段も比例します。そこで登場
するのが集成材と呼ぶ材料ですが、今回紹介す
るJパネルは、より無垢材に近い集成材と言え
ます。
無垢材の欠点を補うように、三層構造になった
パネルは一層ごとに貼り合わせてある材料の方
向が異なっていて反り難いように考えられてい
ます。材料の小口を見るとその方向性の違いが
一目瞭然として分かるのですが、その小口をあ
えて見せるように使う事が出来るのも、この材
料の面白さでもあります。今回は階段の踊り場
の踏み板として採用することで、限りなく無垢
材に近い階段が出来る事になります。
写真の腰壁に採用しているのがJパネルですが、
パネルの厚み分だけ上半分の壁よりも飛び出さ
せて、内障子の敷居としても兼用しています。
この写真で見る限り、無垢板となんら変わらな
いように見えます。
こちらの写真をご覧いただくと三層に貼り合わ
せてあることを御理解いただけると思います。
このJパネルは過去にも何度か採用させていた
だいたことがあり、非常に利用価値のあるもの
であることは実感しています。
断熱材何使う?
3月に入り直ぐに人生初のコロナに感染して
しまい、1週間ほどを棒に振りました。今週
初めからようやく本格スタートしております。
その間も現場は少しずつ動いています。所で、
当事務所では壁に用いる断熱材には袋入りの
物を採用することをしていません。
それは何故かと言うと、袋入りの断熱材は施
工不良になりやすいからと言う理由なのです
が、勿論正しい施工を理解している職人さん
であれば、そうなることは少ないと思います
が、果たしてどれだけの職人さんが袋入り断
熱材の正しい施工を理解しているのでしょう
か?
壁の中には構造金物があったり、時には構造
材が飛び出してきたり、材成の違う梁同士が
途中で継がれていて壁の中に変な凹凸が出来
たりと必ずしも断熱材を施工するために相応
しい状況であるとは言えません。
そう言った変化に追随しようと思うと袋入り
の断熱材では、非常にし難いのです。又、袋
と中に入っている断熱材が一体的な挙動をし
ないために、後で手直しをするにも上手くい
かないこともしばしばあって壁面への袋入り
断熱材の採用は基本、止めています。
採用する断熱材は高性能グラスウールを基本
仕様としていますが、時には新聞紙を砕いた
セルロースファイバーや、場合によっては外
断熱の際にフェノールフォーム系の商品を採
用しケースバイケースで対応しています。い
ずれも正しい施工が肝心で、正しい施工がな
されていなければ性能値も何割か下がると言
われています。
西へ向けて
正午を少し過ぎ、鎌倉を出発し向かった先は
小田原です。今回一番の期待を寄せていたの
が小田原にある江之浦測候所と呼ぶ、デザイ
ナーの杉本博司さんが構想と基本設計、デザ
イン監修をされた施設です。
江之浦測候所へのアクセスは車で直接行くか
或いは電車の場合は最寄りの駅まで送迎バス
が来てくれるシステムになっています。送迎
バスの時間はおよそ30分に1本程度の頻度
であるのですが、基本的には何時の便に乗る
のかまで事前予約を入れておかないといけな
いので、遅刻は出来ないと思い、早めに鎌倉
を出発したのです。
最寄りの駅までは鎌倉から大船で1度乗り換
えて約40分で到着します。高台から海を見
下ろす絶景の無人駅に到着すると跨線橋を渡
り、改札へと向かいます。この跨線橋も、こ
じんまりしたサイズ感で後ろを振り返ると青
空に生える海を見下ろすことも出来ます。
改札に来るまでは無人駅であることは分かり
ませんでしたが、昔懐かしい木製のベンチと
木の駅舎、マリンカラーとも言える可愛い外
観も、これまた江之浦測候所への期待を増大
させてくれるものでした。
早めに到着したのでバスの時間までは、駅や
景色を楽しんだり、駅の周りを散策してみた
りと退屈することはありませんでしたが、そ
れでも尚且つ持て余す時間を惜しむように予
約の1本前の送迎バスが到着したので、「1
本早いですが、これに乗っても良いですか?」
と運転手さんに尋ねると「はい、どうぞ」と
のこと、この日は平日とあって、私を含め、
もう1組のカップルだけが、バスにのってい
るだけでガラガラで席にも余裕があったので
OKが出たのでしょうね。
と言う訳で1時30分に根府川駅を出発する
送迎バスに乗れたのでした。江之浦測候所の
ウェブサイトにはバス停から歩くと40分程
度は掛かると書かれていた通り、その道は曲
がりくねった峠道です。バスだとおよそ7~
8分で到着しましたが、歩くとその程度掛か
るのは頷けました。
バスが到着したのは駐車場で、既に数十台の
車が停まっており、賑わっている様子が推測
出来ました。施設のエントランスまでは薄暗
い森のような小径を通り抜け、森を抜けた所
で180°Uターンし石段を数段駆け上がりま
す。すると先ほどまでの海への視界が再び開
け、売店のような建物が迎え入れてくれます。
ここで獲れた柑橘類を絞りたてで提供する売
店なんだそうですが、この日はとても寒い日
で、とてもそんな身体を冷やすようなものを
欲する気分にはなれずスルー。
そしていよいよ受付のあるガラス張りの建物
へと到着するのでした。大きな荷物を抱えて
いたため下の階のロッカーを勧められ、まず
は身軽になりました。ガラス張りの建物を出
るといよいよ施設の中に進んで行くのでした。
一番最初は又ガラスに覆われた建物ですが、
その長さがとても長く100メートルもある
んだそうです。ここは夏至光遥拝100メー
トルギャラリーと名付けられた片面はガラス、
片面には写真が飾られたギャラリーで、その
名の通り、このギャラリーの向かう先には夏
至の日の出の時刻の太陽を拝むことが出来る
のだそうです。
一番先まで行くと一旦扉を開けてテラスに出
ることができ、快晴の相模湾を見下ろすこと
が出来ました。
そして、このギャラリーを出ると特別に順路
と言える道順は無く、そして建物もなく、殆
どが屋外の石段や坂道を行ったり来たりする、
アトラクションのようなハイキングのような、
敷地内各所に用意された茶室、神社、歴史の
ある石、オブジェなどを探しながら歩き、そ
の場所場所で見える海や山の景色を感じる、
およそ美術館とは程遠い体力と脚力を鍛える
アスレチック気分を味わえる施設でした。
現代アートが沢山あって、と言うイメージで
いたのですが、それとは程遠い感じでしたが、
いい意味での期待を裏切られた感じを持ちま
した。中でも一番興味深かったのは先ほどの
夏至光遥拝100メートルギャラリーの下を
潜る冬至光遥拝隧道と名付けられた錆び鉄を
箱型に加工して70メートルの長さで、先端
数十メートルを山から突き出したトンネルで
すが、このトンネルの先端からは冬至の日の
出が拝める方向に向けられているそうで、ト
ンネル状になっているため、その中を通れる
のは当然ですが、途中からその上にも載れる
ようになっていて、山から飛び出している部
分も、その上を歩けます。
山から飛び出していると言うことは何も支え
る物がない状態になっているため、その上を
歩くと微妙に揺れているのが分かり、ちょっ
とこわごわと歩を進めるのがやっとでした。
一応止め石と言って京都のお寺などに行くと、
これ以上先に進まないで下さいと言う意味の
石を縄で縛った物が置かれているのですが、
それと同じように止め石があり、それ以上先
には行ってはいけないことになっているので、
歩を進めることが出来るのはそこまででした。
敷地はかなりの高低差があるため調子よく下
まで降りて行ったは良いものの、午前中にも
歩き回り、敷地内を探索した後だけあって、
帰りは階段と登坂地獄で太ももが悲鳴をあげ
ているのが分かりましたが、帰りも又バスの
便があるため、時間に遅れまいとして必死に
半分ダッシュくらいの勢いで戻っていくので
した。
ダッシュのおかげもあり、帰りの最終便の1
本前の3時30分発の便に間に合い江之浦測
候所を後にしたのでした。そしてようやく丹
波への帰路へと就こうとしたのですが、何と
静岡は新幹線の便が不便なことか・・・。
駅は沢山あれど、特急に相当する、のぞみが
停まる駅がありません。小田原、熱海、三島、
どの駅も、のぞみは停まらず、あえなく帰り
は、ひかりで帰ることにしましたが、早く駅
に着いたので1本早い便に変更しようと思っ
ても、これまた便の数も少なく1時間ほど前
に三島駅に到着したにも関わらず、変更でき
ず当初の予約していた通りの便に乗るしかな
かったのです。そうは言っても、無事に帰っ
てこれたことは何よりで、帰ってきた翌日か
らは低気圧が長く居座り続けています。
これにて鎌倉と小田原の旅編は一旦、終了と
なりますが、又思い出した頃に旅の余韻に浸
ることがあるかもしれませんが、その際はど
うぞ宜しくお付き合いくださいませ。
鎌倉観光 その3
1軒目の目的を果たし、その足で2軒目に向
かうのですが、大通りから外れ、ようやく車
が1台通れるほどの細い道を曲がりくねりな
がら徐々に建つ住宅の高級感が増し、落ち着
きのある雰囲気が漂ってきました。
やがて角を曲がると、アスファルトの舗装か
ら石畳に代わり、坂道に差し掛かりました。
見えてきたのは何らかの施設なのか、普通の
住宅よりもかなりスケールの違う建物が見え
てきました。
ここの訪問者も、殆どが修学旅行生でした。
建物の中では私が建物に入って来そうなので
受付をしようと待ち構える背の高い紳士がこ
ちらを見ているのですが、私は簡単には建物
に入ることはせずに全景を眺め、更に写真を
数枚撮影。
そしてようやく入館したのでした。ここは鎌
倉歴史文化交流館です。鎌倉市扇ガ谷と呼ぶ
高級住宅街に建つ、この建物は元は個人の邸
宅として建てられたものだそうで、それが鎌
倉市に寄贈され歴史文化交流館として使用さ
れるようになったのだそうです。
設計はノーマンフォスターと言うイギリスの
建築家とそのパートーナー達によるもの。分
厚いコンクリートの壁を水平に数枚並べ、そ
の間を居住(展示)スペースとして利用する
構成となっています。
先ほどの長身の紳士は入館前の私の行動を見
て「建築関係の方ですか?」と尋ねられまし
た。私は「はい、そうです」と答えると、や
っぱりなと言った表情で、建物について色々
と情報を説明して下さいました。
他の方にも説明している訳ではなく、恐らく
建築に興味のある方にのみ出している情報な
んだろうと思いますが、その説明がマニアッ
クで中々面白いんです。「壁の人造大理石に
は光ファイバーが埋め込まれていて・・・」
や「床に使われているタイルは昔、中国の文
化遺産にもなった庭園で使われていた中古品
だけど、その時の刻印がこんな所にあるんで
すよ。」や「本館と離れの間にある山間の階
段を上って上からこの建物を見ると壁式構造
であることが分かる」など、色々と面白いウ
ンチクを聞かせてくれました。
窓ガラスにはテレビのブラウン管で使われて
いたガラスをを張り合わせて磨いた物が使わ
れていたりノーマンフォスターの素晴らしさ
を語ってくれました。すっかり内部の展示よ
りも、そんなマニアックな建物の隅々を見て
回る見学になりましたが、非公開エリアには
屋上にプールもあったそうです。
本当にこれが個人の邸宅だったなんて、とて
も贅を尽くしたような家だったことが想像で
きます。最後は当館のパンフレットを購入し、
買えていなかったお土産の続きを求め再び鎌
倉駅へ向かって行くのでした。
ゆっくりと鎌倉の名所を見学すれば、こんな
にせわしないことにはならなかったのですが、
どうしても行きたかった場所への移動のため、
お昼少し前に鎌倉を出発しました。(つづく)
坂道を上った先にある建物へのアプローチ
光ファイバーが仕込まれた人造大理石。雲母の部分から光が放たれる。
この場所は元は石切り場だったそうです
ブラウン管を張り合わせて磨いたガラス
離れへのアプローチ
鎌倉観光 その2
2日目の鎌倉、朝食をホテルで済ませ、未だ
殆ど空いていない鎌倉の街を散策。殆どの名
所は午前10時からオープンとのことで、お
土産も買わないといけないし、その時間のオ
ープンでは遅すぎるんだよと思いながら、先
に空き始めたお土産物屋さんからスタートで
す。
本来なら荷物になるお土産は最後に回したい
所ですが、遅くなればなるほど並ばないとい
けないイメージもあり、時間もない私にとっ
て、そちらに時間をとられるのが物凄く苦痛
なので、出来るだけ並ぶ時間の必要のないオ
ープン間もない店から回ることにしたのです。
幸い1軒目のお店は少し並ぶだけで買えまし
た。そして、ほどなく2軒目、何と商品が人
気あり過ぎて生産が追い付いていないとのこ
とで販売していませんでしたので、諦めてオ
ープン時間が回った最初の目的地、鶴岡八幡
宮の境内にある鎌倉文華館 鶴岡ミュージア
ムを訪れました。
鶴岡八幡宮の境内にありながら、こちらを訪
れるのは殆どが修学旅行生で一般の方の入場
は、恐らく私のような建築に興味のある人々
と言うことで、とても静かに見学することが
出来ました。
こちらの建物は坂倉準三さんの設計によるも
ので見る角度によっては池の上に浮かんで建
っているようにも見えます。テラスに立つと
池の水面からの反射光が軒裏に投影され、ゆ
らゆらとした陰影がとても楽し気です。
建物を支える鉄骨の柱が池の中に降りてきて、
そこに置かれた石の中に差し込まれているよ
うに見えますが、実は石で柱を挟み込んでい
るのだそうです。建物の足元は大谷石が積ま
れていて、より上部の軽快さを引き立ててい
るようです。小さな建物でしたので、ほどな
く見学も終えて次の目的地に向かうのでした。
(つづく)
鎌倉観光 その1
初日の表彰式を終えたのが既に夕刻迫る頃でした。
観光地の夜はどこも締まるのが早く、既に名所と
言える所も駆け足で巡るしかなく、どうしようか?
と思っていたのですが、時間の締め切りは無く夕
焼けが映える場所と言うことで、漫画スラムダン
クで有名な鎌倉高校前駅近くの踏切を訪れてみる
ことにしました。
乗ったのは、有名な江ノ電(江ノ島電鉄)です。
始発駅であるにも関わらず、既に駅のホームには
長蛇の列で、比較的先頭に近い所に並んでいた私
の後ろから聞こえる会話は、殆どが中国語です。
来た列車に幸い座ることが出来ましたが、すし詰
め状態の満員電車です。目的地まで殆ど下りる人
は居なく、地元の小学生らしい子供は下りるも難
しいくらい身動きが難しい状態でした。
目的地に着いてみると、そこも又、聖地巡礼の中
国人による無法地帯ともいえる光景で、ガードマ
ンのおじさんが「道路に出てはいけません」の掛
け声も言葉が通じないためか、どこ吹く風で平気
で道路に出て写真撮影に興じるのでした。
私は余りにも風が強く冷たかったため、歩道から
少しだけ写真を撮って、ほどなく帰りの便に乗っ
て元来た道を戻って来ました。
再び、鎌倉に到着し、明日の下見にと鶴岡八幡宮
に向かって歩いていくのでした。途中にある隈研
吾さん設計の英国アンティーク博物館は外から見
ただけです。やがて鶴岡八幡宮の鳥居をくぐると
高い石段の上にある本殿にお参りだけして、この
日は終了しました。 (つづく)
いざ鎌倉
散々大雪になるぞと天気予報に脅され、もし
かしたら行くことが叶わないのではないか?
と思っていましたが、冷たい風こそ吹いてい
ましたが心配していたほどでもなく無事に出
発できたことで、気持ちは「いざ、鎌倉」で
した。
そして、今回の一番の目的は表彰式です。先
日、OMソーラーさん主催の設計コンペにて
最優秀賞をいただいた旨の報告をしていたの
ですが、その表彰式です。
昨年のエコハウス大賞では奨励賞で終わった
ため当日の表彰らしい表彰は無かったのです
が、今回は正々堂々と1等賞で表彰していた
だきました。
審査委員長は建築家の堀部安嗣さんです。そ
して野池政宏さんと新建新聞社代表の三浦祐
成さんの計3名の方々による大変厳しい審査
が行われたそうです。
三浦さんとお話させていただいた所、「大変
こなれていて、一つ抜けていた」とのお言葉
もいただきました。「おぉ、そんな感じだっ
たのか?」と驚きが隠せませんが大変うれし
く、そして今後の励みにもなりました。
その日は未だここではオープンに出来ません
が、もう一つ嬉しい見学をさせていただくこ
とも出来、気分アゲアゲでその場を後にした
のでした。
勿論、そのまま帰るのは勿体な過ぎるので観
光地でもある鎌倉で宿を抑えて一泊するので
した。その話は又以降のブログにて更新して
参ります。
今回、宿泊したのは鎌倉駅から最寄りの鎌倉
青山(せいざん)と言う名の比較的新しいホ
テルです。ぱっと見の感じで選んだのですが、
面白いホテルでした。
直ぐ隣はアパートが建ち、泊まった部屋の窓
を翌朝開けてみると、そのアパートの洗濯物
が目に飛び込んできました。夜は暗くて分か
らなかったのですが、本当に目と鼻の先でし
た。なので部屋の窓は一番外側にアルミの窓、
その内側に木製の摺りガラス戸、更にその内
側には木製建具と三重になっていて、更にそ
の左手にはアルミ窓の内側は木製の開き戸が
ついていました。この開き戸はプッシュプル
丁番と呼ぶ一旦、戸を押し込むと開くように
なっていて、気づかなければ壁のような存在
です。
とまあ部屋の紹介ですが、コンパクトなシン
グルルームでテレビは置いていません。従っ
てスマホでYoutubeでも楽しもうかと思いま
したが、折角テレビも何もない環境なので静
かに睡眠を満喫しようとはやめに休むことに
しました。とても静かでスタッフさんの対応
も良く、ゆったりと滞在させていただきまし
た。
天井が無い
お金が無限に掛かることを同様に「天井が無い」
と表現することもありますが、ここで言う天井
が無いとは物理的に、本当に天井を張らないこ
とを指します。
当方の住まいづくりでは、木の梁を見せるため
に特に1階には天井が無い部分が多くなります。
昔の家も同様でしたが、今は電気が必要なので、
そのための配線が必要になります。
天井があれば、その天井裏で電気配線出来るの
ですが、当方の住まいづくりでは、それが出来
ません。しかし2階の床下に電気の配線が出来
る程度に空間をつくって、そこに配線すれば梁
の見える家でも電気配線が可能になります。
即ち、2階の床は二重床になっている訳です。
オフィス建築でも床下にOA配線するために二
重床にすることがありますが、それと同じよう
な感じです。
と言う訳で、今回の写真は、その二重床をつく
りかけている写真になります。一層目は分厚い
構造用合板で水平力を伝達する役割を担い、そ
の上に床板を受ける根太を転ばします。そして
仕上げのフローリングを張るための捨て板を張
って、杉のフローリングで仕上げる予定になっ
ています。
電気配線は、転ばし根太の部分に這わされてい
きます。写真は、未だ電気配線が途中の状態で、
電気屋さん多忙に付き、大工さんは他の部分か
ら進めておられます。
吸い込まれる感覚
坂道に建つ家の現場も着々と工事が進んでい
ます。天井や壁に断熱材が入り気密シートも
張られました。2階の廊下の奥にはトイレの
スペースが1畳分と廊下兼手洗いのスペース
が1畳分あり、合計2畳分がコンパクトな空
間として存在します。
廊下はもっと長く続いているので実際には2
畳以上のスペースがあるのですが、その2畳
以外の部分には未だ床がありません。
何故、床が無いのかは未だ、ここでは明かし
ません。床が無いため、この2畳のスペース
が独立した空間のようになっています。
そして、この独立した空間の中に入るとまる
で空気感が違うのです。まるで、空気や声が
壁や天井に吸い込まれるような、そんな感覚
です。
この2畳の空間の壁や天井が断熱材で囲まれ
ていることが原因なのですが、以前セルロー
スファイバーの断熱材で施工した別の現場の
部屋に入った際にも同じような感覚を感じま
した。比重の重いセルロース(新聞紙を砕い
て粉状にした物)は吸音性も高いので断熱材
としても兼用し防音室に採用することも出来
ます。
今回の坂道に建つ家には天井に密度の高い24
Kと呼ぶ断熱材を採用しています。おそらく、
その密度の高い断熱材の効果も手伝い、吸い
込まれるような感覚が生まれるのだと思いま
す。2階のこの辺りは面白いスペースになる
のではないか?と思っております。
ラス張り
坂道に建つ家の現場は間もなく外壁のモルタル
塗りに入ります。
現在は、その下準備作業中です。写真はモルタ
ルを塗る前に貼るラスと呼ぶ金網です。平滑な
面のままではモルタルは塗れないため、このよ
うな網を貼り付けることでモルタルが付着しや
すくなります。
その下地には以前はアスファルトフェルトと呼
ぶ黒いシートを張っていましたが、現在では写
真のような物も含み、様々な商品が出ているよ
うです。
このように建物の外壁を含め、各部位は幾層に
も渡って様々な材料が使われ出来上がります。
このお住まいの外壁は最終的にはマジックコー
トと呼ぶ商品で仕上げますが、焼き板、ガルバ
リウム鋼板、左官、サイディング等々、様々な
種類の中から何を選ぶかは、予算や建築地の条
件、住まい手さんの好みによって変わります。
御幣(ごへい)
家が建ってしまうと見ることがなくなるこれ、
御幣(ごへい)と呼びます。
おかめの面に扇子がついて長い棒の根元には
建て主さんのお名前や施行者の名前、設計事
務所が関わる場合は設計事務所の名前も書い
てあります。
家が完成すると天井裏に納まってしまうため
に見ることがなくなるのですが、もし再び見
かけることがあるとすれば、この家を触る、
即ちリフォームなどをする時になります。
我々もリフォームやリノベーション等の際に
は時々、見かけることがあるのですが、その
時には天井裏で埃まみれになっているため、
このように福々しいお顔ではなく、ちょっと
不気味ささえ感じることがあります。
と言う訳で、こちらの御幣も天井裏に納まっ
ていただくことになります。しかも断熱層よ
りも更に上に納まるので、断熱改修でもしな
い限り再びお目にかかる機会がないかもしれ
ません。
再びこれを目にする人が居れば、こんな人た
ちが家づくりに関わったんだなあと思いを馳
せてくれるのか?
この場所で、この家の幸を見守っていただけ
ればと思います。
あれから30年
皆様もう既にご存知のように、今日であの阪神
淡路大震災から丁度30年となります。既にこ
のブログでも何度か触れていますが、もしあの
地震を知らない方々が目に触れる機会があれば
と思い記録に留めておきます。
発災当時、私は大阪の豊中のマンションにて震
度5を経験しました。前年までは同じく大阪の
守口市にある木造のいわゆる文化住宅と言うお
風呂も無いような家賃の安い所に住んでいまし
た。もし、そのまま住み続けていたら今頃どう
なっていたかは分かりませんが、コンクリート
のマンションに引っ越していたことは不幸中の
幸いだったのかもしれません。
発災の前日まで友人の会社が主催するスキー旅
行に行き、さあこれから仕事だと言う時に、い
きなり大きな揺れを感じました。
昔、芸能人がベッドに眠ったまま、急にスノー
モービルで引っ張り出されてゲレンデをベッド
のまま引きずり回されるドッキリがありました
が、正にそのどっきりを仕掛けられているのか?
と思うほどの揺れで目が覚め、同じマンション
の上の階では食器が戸棚から落ちて割れるよう
な音が聞こえていました。
やがて、それが地震と分かったのは、そのよう
な物音を聞いた時でした。しばらくの揺れに胸
の鼓動は収まらず、どうしたものかと思いまし
たが、揺れが止み取り合えず室内に干していた
スキーウェアの上着だけを着て外に出てみると、
同じマンションの住人の方々も外に出て来て、
お互いに自分の部屋がどうなった等の話だけし
て又自部の部屋に戻ったのを覚えています。幸
い私の部屋は無傷で何も被害は出ませんでした。
その後、テレビを点けたのかどうかさえ忘れま
したが、取り合えず仕事に行けるのか?電車は
動いているのか?と言うことを考えましたが通
勤で乗っていた阪急宝塚線は動いていませんで
した。
しかし丁度、前年に人生で初めての車を購入し
たばかりでしたので、その時は車で東淀川区に
ある事務所まで向かいました。しかし出勤でき
たのは事務所からほど近くに住んでいる者だけ
で、他の者は出勤もままなりません。丁度、私
は棟上げが済んだばかりの現場が気になってい
たのでお隣の吹田市にある現場まで足を運び無
事であったことを確認した所までは覚えていま
す。しかし、それ以外は何をしたのかさえ思い
出せません。
少し経って電車が動くようになると通過する駅
と駅の間の街並みがこれまでとは打って変わっ
て酷い状態になっていたのを覚えています。
更に半年後位に神戸に向かう電車の中から見た
街並みは、豊中で見たそれよりも、もっと酷く、
マンションの1階が全く姿を残さずに崩壊して
いたのです。1階が駐車場になっている、いわ
ゆるピロティー形式と言う建て方のマンション
でした。
私自身は地震の後に特に何かに貢献できた訳で
はありませんが、しかし震度5の恐ろしさは経
験しました。
そして昨年に引き続き、今年も、あちらこちら
で毎日のように小さな地震が繰り返しています。
何かの予兆でなければ良いと思いますが、住ま
いの耐震性を確保することの重要性は、年始の
目標にも掲げたように唱え続けようと思います。
コストを抑えた耐震改修の手法もマスターして
いますので心配な方は是非、ご相談いただけれ
ばと思います。